「硬くてクサい」

昨今のジビエのことではない。150年ほど前、幕末の牛肉についての評価である。それが、10年そこそこ明治の初めには牛鍋ブームが起きている。この場合、西欧文化への憧憬があったであろう。

50年ほど前、ヨーグルトは当時牛乳を腐らせたクサい飲み物と敬遠されていた。それもいつしか忘れられて今日に至っている。この場合、「美容健康・不老長寿」が人々を動かしたのであろう。

3年ほど前から「マタギ」が注目されるようになった。マタギは青森・秋田・岩手・山形・新潟の山岳地帯に住む狩猟集団だが、生活習慣全般にわたり一般の日本人と異なる文化を守り続けており、このことが観光客の誘因となっている。

狩猟獣はクマ、シカ、イノシシ、ウサギが主で、素朴な調理法ながら素材の旨味を存分に活かした「マタギ料理」が評判である。

興味深いのは、東京や大阪のマタギ料理店を訪れた人たちが、特有のニオイに現地を思い出し、「野生味が懐かしい」「美味しい」と述べていることである。

美味しさを感じさせるのは、口に入れる前の視覚・嗅覚と、口に入れたあとの食感・味覚・咀嚼音などである。

このうち特に重要な働きをするのがニオイにかかわる嗅覚である。圧倒的に多いニオイ分子の受容体によって口の中で味覚と渾然一体となった新規の複合味覚、すなはち「風味(フレーバー)」をつくり出してくれるからである。

風味はすぐれて「文化的」である。つまり、経験(思い出)や主観に影響されるところが大きい。

ジビエには未知の冒険や物語がある。風味はそれをさりげなくわれわれに気づかせてくれる。紅茶に浸したマドレーヌのように。

 (2019年12月)