天武天皇4年(675)、「肉食(にくじき)禁止令」が出された。「4月から9月までの間、罠を仕掛けたり、牛、馬、犬、猿、鶏の肉を食べてはならぬ」という内容である。ただ、実際に勅書が出されたのではない。そのため仏教に造詣のある貴族階級では「殺生(せっしょう)戒(かい)」と関連づけて受け入れられたが、一般庶民、農民たちには通じなかった。
このことは、その後1200年間の大きな階層分離の一面をなしている。秀吉の「鉄砲狩り」も、将軍綱吉の「生類(しょうるい)憐れみの令」(1680年代)もほとんど徹底されていない。つまり「ジビエ」はそれなりに普及していたのである。上記では「猿」が目につくが、それよりシカとイノシシが初めから含まれていないことが気になる。つまり常食化していたということになる。
寛永(かんえい)20年(1643)に刊行された『料理物語』には、上記両獣のほか、タヌキ、ウサギ、カワウソ、クマが紹介されている。
正徳(しょうとく)2年(1712)刊行の貝原益軒『養生(ようじょう)訓(くん)』には、上記以外にツル、ウズラ、スズメ、スッポン、ナマズ、カワウソ、カメなどが出てくる。
さて、こんにちの日本でまだ馴染みのうすいジビエをいくつか紹介してみよう。
バイソン(Bison):ウシと同類で欧米に広く分布していたが、乱獲のため、今では合衆国とカナダにわずかに生存しているのみ。
ヌートリア(Nutria):合衆国ルイジアナ州に多く生息しているネズミの仲間で、州政府が食用普及に努めている。
カンガルー(Kangaroo):オーストラリア大陸および周辺の島に生息している。栄養構成が良いうえに美味で、今後が期待される。
ダチョウ(Struthio camelus):アフリカやオーストラリア大陸に生息している。牛肉に似た食感で、今後日本でも広まろう。
――以上については、押田敏雄・祐森誠司共著『日本と世界のジビエ』を参照した。ほかにワニ、リス、アルマジロ、スカンク、ポッサム、カピバラ、ラクダ、コウモリがある。
(2022年3月)